列島縦断AMR対策
事例紹介シリーズ
TOP > 列島縦断AMR対策事例紹介シリーズ > 保健所による感染症対策ネットワーク活動への積極的な関与を支援~「院内感染対策ネットワークと保健所の連携推進事業班」の取り組み~
このコーナーでは、薬剤耐性(AMR)対策のさまざまな話題をご紹介しています。第27回で取り上げるのは、「院内感染対策ネットワークと保健所の連携推進事業班」の取り組みです。本事業班では、保健所が地域のハブとなって、AMR対策を含む感染症対策の推進や地域のネットワーク構築に積極的に関わることを支援しています。その背景や具体的な取り組みなどについて、前班長の豊田誠先生と現班長の近内美乃里先生に伺いました。
豊田 誠(とよたまこと)氏
高知市保健所長
1986年高知医科大学医学部卒業、2003年高知県幡多保健所長を経て、2019年より現職。2022~2024年本事業班班長。
近内美乃里(こんないみのり)氏
鎌倉保健福祉事務所長
1998年自治医科大学医学部卒業、2007年神奈川県衛生研究所主査、2021年鎌倉保健福祉事務所保健福祉部長を経て、2024年より現職。2025年より本事業班班長。
活動の第一の柱「事例調査」から得られること
始まりはアウトブレイク対応支援
初めに事業の概要を教えて下さい。
豊田氏 「院内感染対策ネットワークと保健所の連携推進事業」は、全国保健所長会の協力事業(地域保健総合推進事業)の一環として、2022年に始まりました。対象は全国に約460ある保健所の職員で、中心となる分野はAMR対策を含む感染症対策と地域感染症対策ネットワークです。保健所職員がこれらの分野に積極的に関与するための支援を図り、ネットワーク構築の推進や連携に寄与することを目的としています。事業班は保健所メンバーと感染管理などの専門家メンバーで構成され、両者が合同で活動に取り組んでいる点が特徴です。
どのような経緯で始まったのでしょうか?
豊田氏 院内感染対策やAMR対策に関わる制度には、大きく医療法、健康保険法、感染症法の3つがあります。保健所が求められる対応は、これらの改正や診療報酬改定の他、AMR対策アクションプラン2016-2020や新型コロナウイルス感染症の流行によって変わってきました(図1)。
図1 院内感染対策とAMR対策に関連する制度などの変遷
なかでも影響があったのは、2014年に発出された厚生労働省通知「医療機関における院内感染対策について(クリックするとリンクに飛びます)」です。アウトブレイク発生時はまず院内で体制を整え、必要に応じて地域の感染症ネットワークや保健所と連携する、という流れが規定されました。その際、保健所には、ネットワークを把握し専門家と連携して適切に対応する能力が求められます。しかしなかには保健所の機能が弱く、そうした対応をするのはハードルが高い場合もありました。その弱い部分を補おうと行われてきたのが、全国保健所長会協力事業です。
今回の事業(院内感染対策ネットワークと保健所の連携推進事業)の大元にあたる枠組みですね。
豊田氏 はい。この全国保健所長会の協力事業は、保健所の役割強化と公衆衛生の向上を目的に、毎年7~10の事業が動いています。感染症対策に関する事業もその1つで、2013年の院内感染対策から始まって、AMR対策、新型コロナ対策とテーマを変えながら、さまざまな取り組みを行ってきました(図2)。2022年に始まった「院内感染対策ネットワークと保健所の連携推進事業」には、メンバーとして若手の先生の他2013年当時から関わっている先生もいます。
図2 全国保健所長会協力事業の流れ
その時々のテーマに応じて、事業班もリニューアルされてきたわけですね。感染症対策の課題は、当初と比べてどのように変化してきたのでしょうか?
豊田氏 2013年当時と異なるのは、感染症は“地域”で拡がることが課題としてクローズアップされている点です。MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が問題だった頃は、“院内”感染対策が中心でよかったのですが、CRE(カルバペネム耐性腸内細菌目細菌)やVRE(バンコマイシン耐性腸球菌)による感染症は大病院から中小病院、介護施設や診療所、さらには在宅へと広がっていきます。そのため保健所も院内感染対策から医療関連感染対策、地域感染症対策へと、求められる対応が変わってきました。
好事例をネットワーク構築の第一歩に
具体的な取り組みについて教えて下さい。
豊田氏 活動の柱は、「好事例の収集(保健所が地域の感染症対策ネットワークを構築・推進する上で、うまくいった具体的な取り組み)」と「オンラインセミナー」の2つです。事例収集を始めた背景には、「保健所が地域のネットワークにどう関わるか」という問題がありました。AMR対策アクションプラン2016-2020では、保健所がハブとなって大中小の医療機関、医師会や薬剤師会、高齢者施設などを巻き込み、地域の感染症対策ネットワークを進めていくことが提唱されました。考え方はいいと思うのですが、いきなり大きなネットワークを構築するのは簡単なことではありません。
確かにハードルが高いように感じます。
豊田氏 しかし、保健所はそもそも地域の施設とのつながりがあります。また一方で、地域には感染防止対策加算に伴う医療機関同士のネットワークが既に存在していました。そこで、まずは今ある連携の中で保健所の役割を考えてはどうか、そうすることで地域に合ったネットワークのあり方や保健所が果たすべき役割も見えてくるのではないかと考えました。
既にある状況を上手く活かして何ができるかということですね。
豊田氏 2022年度診療報酬改定で感染対策向上加算が新設され、算定の要件として保健所と医療機関の連携が求められたことも、事例収集の後押しになりました。また、全国には、以前からAMR対策などで医療機関との連携に取り組んできた保健所もありました。そこで地域の実情に応じて保健所が関与し、感染症対策ネットワーク活動を展開している事例を調べました。2022・2023年度はそれぞれ6事例、2024年度は2事例を調査しました。
調査する保健所はどのように選んだのですか?
豊田氏 全国保健所長会での人脈をたどり、健康危機管理に関する委員会のメンバーの先生や会長・副会長にもお願いして、保健所の視点から語ってくれる先生を紹介してもらいました。全国には、広域にネットワーク活動を展開しているすばらしい事例がたくさんあります。しかし、そうした事例集は活動の全体像に焦点が当てられがちです。我々が知りたいのは、その活動の裏で保健所がどのような役割を果たしているかです。そこで我々は少し視点を変えて、「保健所がどう関わっているか」を教えてくれる事例を取り上げました。またどんな活動をしているかは大切ですが、どんな先生が語るかも大切です。保健所の若手メンバーの勉強にもなる、そんな話をしてくれそうな先生を選びました。
ICNやICDの力を上手に借りる
印象に残った事例はありますか?
豊田氏 2024年に調査した静岡県東部保健所の取り組みが印象に残っています。この事例は、VRE感染症の流行をきっかけに感染対策を強化し、既存のICNとのネットワーク会議を基盤に、連携体制を拡大していったものです。同保健所の管轄は5市3町で、県人口の約15%に相当する51万人あまりをカバーしていました。管内にある36病院のうち、500床以上あるのは2施設のみで、中小病院の割合が高いエリアです。VREは重症例を扱う大きな病院に集まりやすく、そこから中小病院や介護施設などへ広がっていきます。そうしたことがベースにありつつ、本事例ではさらに、静岡県東部保健所の管外である近隣の3つの2次医療圏からの入院が多く、管内だけではコントロールが難しいという状況がありました。
この事例で静岡県東部保健所が取った対応を教えて下さい。
豊田氏 最初のVRE発生届出は2019年で、その後も管内の複数医療機関から届出が続きました。そのため翌2020年から国立感染症研究所の支援のもと、ICN連絡会議で情報共有をし、対策を検討、VRE対応マニュアル作成や研修会開催などの感染症対策を行いました。同時にサーベイランス的アプローチとして、病院立ち入り検査での重点的チェック、VRE検出情報の収集・還元なども実施しました。2023年には周辺3医療圏の全病院の院長にも出席を求め、VRE感染対策連絡会議を開催しました。会議には国立感染症研究所、静岡県庁、静岡県環境衛生科学研究所も参加し、VRE対策の総合的な情報共有と連携をはかりました。
この事例はどのような点がよかったのでしょうか?
豊田氏 まずネットワークの基盤を、2012年から開催しているICN連絡会議に置いたことです。ICNやICDの力を上手に借りることは、保健所が感染症対策に関わるうえで一番のポイントになると思います。国立感染症研究所のサポートを受けながら、管内のネットワーク拡大を図り、VREに特化した対策の充実に取り組んだ点もよかったと思います。また、保健所は得てして自らの管内のことだけを考えがちです。その点、連絡会議を広域に拡大し、周辺3医療圏の全病院長に出席を求めたのはすばらしい決断だったと思います。VREは管内だけでなく周辺の医療圏からも入ってきますし、AMR対策はトップの一声で進んでいく側面があるからです。
1つの事例から多くの情報が読み取れるものですね。
豊田氏 VRE対策は、流行が探知された時点では個々の医療機関の対応だけではコントロールできず、地域全体の対応強化と、対応の継続が必要です。また、対応が長期にわたるため、地域の病院が疲弊しないようにすることも大切です。本事例は国立感染症研究所や県庁などに上手に協力を求め、複数の会議体をうまく活用しながら対応していました。現在では管内に留まらないステークホルダーのハブとなって、ネットワーク活動を推進しています。
小さなヒントを提供し、ネットワークの底上げを目指す
調査事例に関する情報はどのように共有していますか? また、その際に意識していることがあれば教えてください。
豊田氏 調査内容をまとめたレポートを、全国保健所長会内の事務局から全国の保健所に発信しています。それから、全国保健所長会の年次総会でも報告しています。レポートをまとめる際に意識していることは、「基盤が弱い保健所でもこういう考え方をすればできる」という点です。レポートの目的はネットワークの底上げであり、基盤の弱い保健所でもネットワーク活動を開始できるようにしたり、全国すべての保健所がネットワークを構築・推進するために小さなヒントをたくさん提供することです。材料はいろいろ提供しますが、すべて取り入れてほしいというのではなく、自分たちの保健所に合ったものを咀嚼し、地域で活かしてもらえればと考えています。
これまでの調査から見えてきたことはありますか?
豊田氏 調査事例は保健所単位から県庁主導、大学附属病院主導まで、取り組みの主体が多岐にわたっていました。しかし共通していたのは、キーパーソンとなる熱心なICNやICDと保健所のつながりが重要ということでした。また、上手くいった事例は保健所の予算を上手に使い、スモールステップで活動を広げていました。アウトブレイクの発生はピンチではあるのですが、それをきっかけに活動が広がった事例も多いです。
事例収集の成果や今後の展望、課題などがあれば教えて下さい。
豊田氏 調査レポートを参考にして、新たな地域感染症対策ネットワーク構築に取り組む保健所が出てきています。また、事業班に直接かかわったメンバーの地域で新たにネットワーク構築を始める取り組みもみられました。感染症対策では地域の医療事情に合わせたネットワーク作りが必要で、保健所にはそのハブとなる役割が求められます。医療機関と保健所が連携することで、医療機関の専門性と保健所の公益性のタイアップが期待できます。
最近は全国的に感染症対策ネットワークが広がってきましたが、問題は“高齢者福祉施設”をどう巻き込むかです。福祉施設は直接医療機関とつながるより、保健所など行政が入った方が参加しやすいことが考えられます。こうした施設を含む地域全体の感染症対策を向上させることが今後の課題です。


