列島縦断AMR対策
事例紹介シリーズ

TOP > 列島縦断AMR対策事例紹介シリーズ > 感染対策向上加算3施設が挑む「J-SIPHE」のデータ活用と地域連携のリアル

データが突きつけた「汚染率100%」の衝撃――不名誉な数字を改善の原動力に

J-SIPHEデータの報告をきっかけに浮上した問題点と対策

手探りでJ-SIPHEの活用を始めたなかで、特に印象に残っている出来事はありますか?

栗田氏 それはJ-SIPHEに登録して1年が過ぎようとしている頃のことでした。「検体の絶対数が少ない」という懸念が実際にショッキングな数値として現われ、「血液培養の汚染率100%」という目を疑うような数字が出てしまったことがありました(図4)。
 その月の血液培養の提出はわずか3例で、しかもすべて1セットのみの採取でした。そしてその3例すべてから汚染菌が検出されてしまったのです。

その結果を地域連携カンファレンスで報告された際の反応はいかがでしたか?

栗田氏 場の空気が一変し、「何かの間違いですか?」と聞かれる始末でした。分母が小さいとはいえ、汚染率100%という数字のインパクトは凄まじいものです。汚染率が公の場で「危機的状況」として可視化された瞬間、この不名誉な洗礼を受けたことで「提出件数が少ない」という言い訳は通用しない、この数字を放置することは許されない、と強い焦りと使命感を抱いたのを今でも鮮明に覚えています。

図4 血液培養汚染セット率(微生物・耐性菌関連情報)の施設間比較グラフ
A:加算2施設 B・C:加算1施設 D:生田病院(加算3施設)
図4 血液培養汚染セット率(微生物・耐性菌関連情報)の施設間比較グラフ

どうしてそのような数字が出てしまったのでしょうか?

栗田氏 カンファレンスで受けた指摘を携え、すぐに院内のICT会議で原因の徹底究明を行いました。そこで浮き彫りになったのは、「指示が不十分で血液培養の提出数自体が少ない」「高齢の患者が多く、2セットの血液採取が物理的に困難という思い込みがある」「正しい方法で消毒が徹底されておらず、採血手技そのものが適切にできていない」といった、多層的な課題でした。

現場の慣習を根底から変える必要があったのですね。どのように具体的な改善活動へとつなげていったのですか?

栗田氏 まず、「発熱時には必ず医師に採血の指示を仰ぐ」というフローを徹底し、血液培養の提出件数を増やすよう働きかけました。また同様に力を入れたのが、「正しい手技の標準化」です。適切な採血手順を写真付きで解説し、使用すべき消毒薬の種類まで明記した専用マニュアル(図5)を作成しました。これをラミネート加工して各部署に配布し、いつでも誰でも「正解」を確認できる環境を整えました。

図5 院内感染対策委員会が作成した「血液培養における皮膚の消毒方法」のマニュアル
図5 院内感染対策委員会が作成した「血液培養における皮膚の消毒方法」のマニュアル

院内ICT会議ではデータの見せ方を工夫して現場の意識を向上

改善にあたり、院内のICT会議では、どのようにJ-SIPHEのデータをフィードバックしましたか?

栗田氏 院内においても、AMU情報、ICT関連情報、微生物・耐性菌関連情報を軸に報告しました。具体的には、AMU情報は病床数・使用薬剤などから考えると加算2の施設との比較がよいと薬剤師の先生から助言をいただき、加算2施設の平均値と比較して提示しました(図6)。
 ICT関連情報である手指消毒薬の使用量についても、同様に加算2施設の平均値と比較しました。当院は加算2施設と同等の使用量があるため、職員の意識を高められると考えたからです。
 また、J-SIPHEに登録しているのは病棟のデータのみですので、介護医療院、透析室、外来ごとの使用量は当院独自で集計し、J-SIPHEの病棟データと合わせて報告しています。細かなデータを報告するのは、それぞれの「自分の立ち位置」を明確にし、現場のスタッフに自分事として捉えてもらうことが狙いです。比較データからは「もっと自分たちも頑張らないと」という刺激を受けるだけでなく、ときには「格上の施設と比較しても遜色ない結果だった」という自信をもらえることもあり、職員の意識向上につながっていると考えています。

図6 抗菌薬使用状況(AMU情報)の施設間比較グラフ
図6 抗菌薬使用状況(AMU情報)の施設間比較グラフ

 微生物・耐性菌関連については、当院は加算2の施設と比較すると検体提出率があまりにも低いため、まずは加算3施設と同程度まで提出率を上げたく、加算3施設と比較して「検体提出率」(図7)や「耐性菌検出率」(図8)の推移、さらには「病棟別の耐性菌の種類別検出数」「院内発生数」など詳細な分析結果も提示しました。また、血液培養に関しては「複数セット率」と「汚染率」を欠かさず報告しています。
 「汚染率100%」の衝撃的な報告を経て、血液培養の提出件数の増加や手技の見直し、ICT会議での報告の工夫に取り組んだ結果、数値が改善し状況は落ち着きました。今振り返れば、あの「汚染率100%」というショッキングな数字を突きつけられたことこそが、当院の感染対策活動に火をつけ、現場の意識を変える契機になったと感じています。

図7 培養検体提出率(微生物・耐性菌関連情報)の施設間比較グラフ
A:生田病院 B:加算3施設
図7 培養検体提出率(微生物・耐性菌関連情報)の施設間比較グラフ
図8 主要耐性菌検出率(微生物・耐性菌関連情報)の施設間比較グラフ
A:生田病院 B:加算3施設
図8 主要耐性菌検出率(微生物・耐性菌関連情報)の施設間比較グラフ

ESBL産生大腸菌のアウトブレイクと加算1施設による臨時ラウンド

J-SIPHEでのデータ分析を続ける中で、アウトブレイクも経験されたと聞いています。

栗田氏 はい。特定の菌種によらず、ESBL産生菌全体の検出数が通常より明らかに多い傾向が見られていたので注視していたさなか、同一病棟で同じ月にESBL産生大腸菌が3件発生したため、アウトブレイクとして対応することになったのです。
 地域連携カンファレンスでこの事態を報告したところ、実は連携先の加算1施設でも同時期にアウトブレイク対応をしていることが分かりました。互いの状況を共有する中で、加算1施設の先生方から「臨時で訪問しましょうか?」と感染対策ラウンド(施設巡回)の申し出をいただき、実際に来て現場の問題点を指摘していただく運びとなりました。

ラウンド後、どのような指摘があり、どう対応されたのですか?

栗田氏 「早急に改善すべきこと」「改善・検討すべきこと」「全体を通しての問題点」「そのほか気になるところ」という4つの視点から、具体的かつ客観的なご指摘をいただきました。当院ではこのアドバイスをもとに、「手指衛生の直接観察」「環境の整備と改善」「職員の教育と研修」という3つの柱を立てて改善に取り組みました。

具体的にどのような対策を講じたのですか?

栗田氏 まず手指衛生については「直接観察」を取り入れました。おむつ交換の際の手指消毒が一番大事との認識から、おむつ交換の工程の中で手指衛生が必要な場面を「5つのタイミング」として独自に定義し、現場での遵守率を算出するようにしました(図9)。職員の数も限られ、感染対策委員が絶えず観察できる状況ではなかったため、スタッフでペアを組んで何回か観察する形をとり、記入用紙を提出してもらいました。
 この取り組みを行う前に手指消毒をしていた回数は、患者に触れる前と部屋を出る前の2回のみで遵守率は40%でしたが、全体で勉強会を行った直後は92.7%、さらにその1か月後は90%となりました。

図9 院内対策を行った前後での「手指消毒遵守率」
独自で、おむつ交換の5つのタイミングを作成。スタッフでペアを組んで直接観察を行った。
図9 院内対策を行った前後での「手指消毒遵守率」

 環境面では、感染源となり得る場所の整理整頓に注力しました。具体的には、薬剤を調製するミキシング台の整頓、消毒用ポシェットやカテーテルチップ、注入用ラインの保管方法などを一つひとつ見直しました。
 また、尿回収容器は使い回していることが問題であったため、数を増やして「1患者1容器」を徹底。陰部洗浄ボトルについては、洗浄後に乾燥機を使用して確実に乾燥させる運用に変更しました。さらに、手袋やガウンの交換をルール化したほか、手洗いと防護具の着脱手順をまとめた動画を作成して勉強会を実施するなど、衛生管理体制の底上げを図りました。 教育面では、院内感染対策研修会後に確認テストを実施し、全問正解で合格、満点が取れない場合は再提出を求めるというルールを設けました。あわせて、手洗いの実技を研修会の一部に組み込み、手洗いチェッカーを用いて洗い残しが起きやすい箇所を視覚的に確認してもらう工夫も取り入れました。

そうした取り組みでアウトブレイクの状況はどうなりましたか?

栗田氏 地道な努力の結果、ESBLの発生を抑え込むことができました。これには加算1施設の方々に直接現場を見てもらい、改善点を指摘していただけたことが非常に大きかったと感じています。外部からのラウンドを受けたことでスタッフの意識が一段と引き締まり、一度は落ち込んでいた手指消毒薬の使用量も再び増加へと転じました。もしラウンドを受けていなければ、対策が後手に回り再びESBLが増加していたかもしれません。J-SIPHEのネットワークを通じて他施設と連携することは、数値の報告にとどまらず、自施設の感染対策を具体的にアップデートし、アウトブレイクを収束させるための大きな力になるのだと実感しました。

自施設に限定したデータの「深掘り」も大事

「率」に隠れた変化を「数」で捉え直す――アウトブレイクから得た教訓

アウトブレイクを乗り越えた後、振り返って感じたことはありましたか?

栗田氏 事態が落ち着いた後、ICTメンバーで「J-SIPHEのデータを読み解いてもっと早くこの異変に気づけなかっただろうか」と振り返りを行いました。そこで分かったのは、データを多面的に見ることの大切さです。
 当初、連携施設グループ内での比較グラフを見ていた際は、自院の主要耐性菌検出率に大きな変化は確認できませんでした(図10)。しかし分析の切り口を変え、対象を自院の「第3世代セファロスポリン耐性大腸菌(ESBL)」だけに絞り込んだ上で、検出「率」ではなく、純粋な検出「数」でグラフを出してみたのです。すると、アウトブレイク発生後、ラウンドを受けた後に数が減ってゼロに向かっていく経過が浮き彫りになりました(図11)。他施設と比較するための「率」も大事ですが、自施設にフォーカスして「数」の動きを追うことが現場のリアルな動向をいち早く察知する鍵になるのだと痛感しました。
 また手指消毒薬の使用量についても、連携施設グループでの比較では「他施設と同程度使えているな」という程度で具体的な変動は見えませんでした。ところが自施設のみのグラフを表示させると、アウトブレイク対応の直後に使用量が増え、その後一旦減少し、ラウンドでの指摘を受けて再び増えていくという変化が見事に反映されていました。グラフの見方を変えることで詳細な変化を捉えられると分かったことは大きな収穫でした。こうした気づきを経て、現在はJ-SIPHEのデータによるグラフのほか、独自集計による表やグラフも作成し、アウトブレイクの予兆をいち早く察知できるよう努めています。

図10 地域連携グループでの主要菌耐性菌検出率
:生田病院 B:加算2施設 C・D:加算1施設
地域連携グループとの比較のために「検出率」でグラフを見た場合、生田病院の主要耐性菌の変化にあまり大きな差は見られない。
図10 地域連携グループでの主要菌耐性菌検出率
図11 第3世代セファロスポリン耐性大腸菌(ESBL) 院内発生数
:生田病院全体 :2病棟(2Fアウトブレイク病棟) :3病棟(3F) 
対象を自院の「第3世代セファロスポリン耐性大腸菌(ESBL)」に絞り込んだ上で、「検出率」ではなく「検出数」でグラフを出してみると、アウトブレイク発生後、ラウンドを経て検出数が減少しゼロに向かう経過が浮き彫りになった(※グラフはJ-SIPHEと生田病院の資料をもとに独自に作成)。
※生田病院には病棟が3棟(2F・3F・4F)あり、そのうち4Fは検出数が終始ゼロであった。
※2023年4月のアウトブレイクの背景として、2022年から2023年にかけて大腸菌以外のESBL産生菌も病院全体で増加していた。院内対策を行ったが、「2Fだけが減少しない状況」と「総合的な菌数増加」により、4月に2Fがアウトブレイクと判断された。
※2024年3月は複数病棟での散発的な検出であったため、アウトブレイクとはならなかった。
図11 第3世代セファロスポリン耐性大腸菌(ESBL) 院内発生数

耐性菌を「広げない」ために――中小規模病院が果たすべき役割

これまでの経験を踏まえ、今後はどのようにJ-SIPHEを活用していきたいとお考えですか?

栗田氏 J-SIPHEのデータを使えば、消毒薬の製品ごとの使用量や使用回数も明確に把握できます。今後はそうしたデータを消毒薬購入時の参考にしたり、使用量が減った際に早めに注意喚起を行ったりと、より上手に感染対策に活かしたいと考えています。耐性菌についても、菌種別や病棟別など、さらに細かな分析を行って今後に活かしていくつもりです。
 J-SIPHEに参加したことで、自施設の状況を客観的に見られるようになり、職員にも現場の状況を理解してもらいやすくなりました。私たちのような中・小規模の病院やクリニックは、「感染症の入り口」になってしまう可能性を秘めています。もし私たちが気づかないうちに耐性菌を広げてしまえば、地域全体に影響が及んでしまう。そうした事態を防ぐためにも、J-SIPHEのデータを上手に利用しながら自分たちの足元をしっかりと見つめ、感染対策に努めていくことが何より重要だと考えています。

(この記事は、2025年11月に行われたAMR臨床リファレンスセンター主催「J-SIPHE活用Webセミナー」をもとに作成しました)

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