列島縦断AMR対策
事例紹介シリーズ

TOP > 列島縦断AMR対策事例紹介シリーズ > ファージ療法の現在地と展望~ファージが拓く感染症治療の可能性~

難治性感染症に対する治療選択肢として期待

ファージは薬剤耐性の細菌にも作用

ファージ療法がよい適応になるのはどのような症例ですか?

早川氏 抗菌薬だけでは治療がうまくいかない、難治性の感染症です。その場合、今のところ抗菌薬に取って代わる治療法というよりは、抗菌薬にファージを追加する併用療法として使われることが多い印象です。パターソン症例のように、重症感染症に対する最後の手段として使われるケースもあるでしょう。
 何度も再発をくり返す人工関節炎も適応になります。人工関節など体内の人工物にはバイオフィルム(細菌が集まってできる膜状のぬめり)ができやすいのですが、これができると抗菌薬が届きづらく、効きにくくなります。ファージの中には、バイオフィルムへの浸透性がよいものがあることが報告されています。そのほか非結核性抗酸菌症のような慢性の気道感染症も適応に含まれる可能性があります。
 また、難治性と重なる部分がありますが、ファージ療法は薬剤耐性菌による感染症に対しても効果が期待されています。

ファージは薬剤に耐性をもつ細菌にも作用するということですか?

早川氏 興味深いことに、ファージ療法が効く・効かないは、その細菌が薬剤耐性かどうかとは必ずしも一致しません。高度耐性菌だからファージが使いにくいというわけでもありません。ファージは細菌の薬剤耐性とは別のロジックで動いているようで、そこはファージ療法の大きなメリットといえます。
 また、ファージを使っているとファージに耐性化する菌も出てくるのですが、そうした菌では抗菌薬への感受性が上がる場合もあります。このような変化は、ファージ耐性化に伴う進化的トレードオフ(結果として抗菌薬感受性が変化する現象)として説明されることがあります。

ファージ耐性になると抗菌薬への感受性が上がるというのは、大変興味深いですね。

早川氏 正確には「上がる場合もある」です。細菌は主に表面構造を変えることでファージに対する耐性を獲得しますが、その代償として抗菌薬には弱くなることがあるのです。また先述のように、ファージは抗菌薬が苦手とするバイオフィルムにも効きやすいことが報告されています。このようにファージ療法は、抗菌薬と相互補完的に使うという意味では非常に夢があるというか、興味深い治療法だと思います。

ヨーロッパでは100例規模の結果報告も

ファージ療法の研究や臨床応用は、どのくらい進んでいるのでしょうか?

早川氏 個別化ファージ療法については、海外では欧米を中心としてすでに臨床レベルで実施されています。例えば、ベルギーを中心に主にヨーロッパで行われた100例の個別化ファージ療法の結果が2024年に報告されています。それによると、感染部位は上・下気道、皮膚・軟部組織、骨などで、14の細菌種が対象となり、起因菌として最も多かったのは緑膿菌と黄色ブドウ球菌でした。また治療により77.2%で臨床的な改善がみられ、61.3%で対象菌の除菌が確認されました。一方、副作用は15件報告され、うち7件はファージ療法との関連が疑われましたが、いずれも重篤なものではありませんでした。
Jean‑Paul Pirnay et al: Nat Microbiol 2024, PMID:38834776

日本ではどうでしょうか?

早川氏 基礎研究という点では、日本には優秀なファージ研究者がおり、研究も進んでいます。一方、臨床応用の方は少しずつ進んでいるという状況です。固定化ファージ療法としては、ニキビ(アクネ菌)に対するファージ療法の特定臨床研究が大阪公立大学で行われています。
 個別化ファージ療法については、当センターで、難治性感染症に対するファージ療法の臨床実用化に向けたパイロット研究を実施しました。

課題は安全性をいかに担保するか

ファージ療法は今後、広く普及していくと考えられますか?

早川氏 個別化ファージ療法は海外では多くの症例で実施され、治療として期待できるデータも出ています。問題は、安全性をいかに担保するかです。標的となる菌にマッチしたファージを用意できたとしても、人体に投与するためには一定以上の安全性基準を満たす必要があります。しかし安全性の担保に関しては、国によって仕組みや制度が異なり、品質管理の厳格さも国ごとに違います。そのため、現時点では多くの国において、個別化ファージ療法は標準治療が効果不十分な場合の救済策、すなわち人道的使用や特別アクセスとして位置づけられています。

医療という枠組みの中では、まだクリアすべき課題があるのですね。

早川氏 個別化ファージ療法で用いるファージは、細菌を使って作ります。宿主となる細菌の中でファージを増やし、その後ファージだけを取り出して精製する作業が必要です。しかしその過程で細菌由来の成分、例えばグラム陰性菌由来のエンドトキシンなど炎症を引き起こす物質が混入する可能性があります。また、ファージゲノムに望ましくない遺伝子が含まれていないか、操作に使用した試薬が残留しないかといった懸念も指摘されています。
 抗菌薬については、GMP(製造管理および品質管理の基準)に基づく品質管理や安全性評価の枠組みが世界的に確立し、厳格に運用されています。一方、個別化ファージ療法ではこうした基準が国によってまちまちで、その整備が今後の大きな課題です。

固定化ファージ療法についてはどうでしょうか?

早川氏 こちらは医薬品開発にあたるため、日本の薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)のように各国が定める医薬品規制に準じて安全性を担保していくことになります。現在、米国FDAや、カナダ、またEUの販売承認という枠組みでは、ヒトの感染症治療薬として当局の承認を得た製品はまだありません。固定化した場合は、ファージの宿主域の狭さが特に問題になり、有効性を十分に証明することや耐性化などの課題がまだ十分に克服できていないためと考えられます。

日本においても、安全性の担保が課題となりそうですね。

早川氏 そうですね。個別化ファージ療法の場合、治験のような通常のルートにそのまま乗せにくいため、安全性をいかに担保しながらどのような出口戦略を描いていくか、国やアカデミアも巻き込みながら少しずつ議論を進めていく必要があります。 また技術的な観点では、限られた時間の中でいかに患者に合ったファージを選び出すか、すなわち迅速性と安全性の担保をどう両立させるかが、今後議論されていくことになると思います。

求められる適応患者選別のための仕組み作り

個別化ファージ療法を行うとしたら、どのような医療機関になりますか?

早川氏 抗菌薬で治療できるのであれば抗菌薬を使えばいいわけで、ファージ療法を行うのであればまず適応となる患者をどう選別するか、基準やレビューの仕組みを整えることが不可欠です。そのうえで、ファージや微生物の専門家、治療経験の豊富な感染症専門医などが慎重かつ厳密に適応を判断する必要があります。
 また、安全性の担保はもちろん、医療機関としてファージ療法に人的・時間的リソースを割けるかどうかも問われます。こうした点をふまえると、当面は感染症の専門医療機関や、さまざまな診療科が揃っていて集学的治療が可能な総合病院などでの実施が中心になると考えられます。

最後に、今後の展望をお聞かせください。

早川氏 当センターのパイロット研究では、日本でも潜在的な個別化ファージ療法のニーズがあり、技術的には実施可能な状況であることが示唆されています。今後はファージの品質や製造管理、日本で投与するための仕組みなどに関して議論や整備を進めていく必要があります。これらが進み、ファージの技術も進歩していけば、将来的にはファージ療法が感染症の治療選択肢の1つになることも可能かもしれません。これからの発展に期待したいと思います。

(この記事は、2025年11月12日にオンラインで行ったインタビューをもとに作成しました)

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